「松井さん、営業の染谷さんと付き合ってるって本当ですか?」

「……っ」


電話応対時にメモ書きで使用した裏紙の束が、バサバサと音を立てて散らばっていく。

それを素早くしゃがみ込んで拾ってくれたのは、今爆弾を投下した張本人の、桜田くんだ。彼は、今年から私の所属する部署『お客様相談室』に配属された期待の新人。


「あ、ありがとう」

「突然すみません。最近噂で聞いて、気になってしまって」


定時を過ぎ、残業予定のない者は続々と帰宅していく。私も運良く長引いている仕事はない。今日一日メモに使った裏紙をシュレッダーにかけにいこうとしたところで、桜田くんに話しかけられたのだ。

入社してまだ数か月。それなのに桜田くんは、人懐っこい笑顔とフットワークの軽さからあっという間に部署内で人気者になっていた。愛嬌のある黒目がちな瞳と、学生時代運動部で培ったという人に不快感を与えない物腰の柔らかさが、主に女子社員にウケが良いようだと室長も話していた。


席が近いこともあり、私は彼に新人教育を行っている。だからきっと、他の先輩よりは気安く話しかけられたのだろう。

ーーそれは素直に、嬉しい。


私は辺りをきょろきょろと見回した後、小声で尋ねた。


「ええと、ちなみにそれはどこで……」

「この前同期飲みだったんですけど、そこで聞いて」

「そっか」


そう言えば、桜田くんの同期は営業に配属された人が多かった気がする。営業部には今や恋人となった染谷くんが籍を置いているから、当然といえば当然なのだ。

別に、染谷くんと付き合っていることを隠している訳ではない。しかもその事実は一時期爆発的に広まってしまったこともあり、今更だ。……面と向かって聞かれると、とても恥ずかしいけれど。

焦らず慌てず、冷静に返答しようと息を吸い込むと、先にくりくりとした子犬のような瞳が私を覗き込んだ。


「もしよかったら、今日飯行きませんか?」

「……へ?」


今、何と。

脈絡もなく突然告げられた言葉を聞いて、思わず固まってしまった。そんな私に苦笑を漏らしつつ、桜田くんは続けた。


「あー、スイマセン。急に」

「う、ううん。ちょっとびっくりしたけど」


本当は〝ちょっと〟どころではなく心臓がバクバク言っている訳だが、年上の見栄を張ってしまった。


「就職する前は、めちゃくちゃしごかれるかも、って思ってたんです。でもここに配属されたら、皆さん優しくて」

「そう、よかった」


実際業務が辛くて辞めてしまう人が一定数いるだけに、そう言って貰えて嬉しい。思わず表情が崩れた私をちらりと見た桜田くんは、伏し目がちに小さく呟いた。


「……特に松井さんが」

「わたし?!」

「はい」


優しいだなんて、先輩冥利に尽きる。自分もまだまだひよっこの位置から抜け出てはいないだろうけれど、多少は後ろを振り返る余裕が出てきたということか。


「仕事のことだけじゃなくて、一度ゆっくり話をしてみたいんです」