ーーコンコン。


内側からガラスを軽く叩くと、外にいた松井はびくりと体を震わせてこっちを見た。俺と目が合うと口を「あ」の形に開いたまま固まっている。

ジェスチャーで少し待つように示すと、顔を赤くしたまま小さく頷いていた。


「よう」

「お、おはよ……」


買い物を済ませて外に出た俺に、松井はそろそろと近付いてくる。


「どうした、そんなにめかし込んで。これからデート?」


わざとじろじろと見やると、恥ずかしさからか縮こまっている。整髪料でも付けているのか、林檎のような爽やかな香りが漂ってきた。


「うん。あっ、いや、えーっと……」

「どっちだよ」


松井の謎のごまかしに思わず笑った。否定したところで丸わかりだから。


「ねえ、高瀬くん。……さっきの、見てた?」

「さっきの、って?」


おそるおそる、といった様子で尋ねてきた松井に、素知らぬ顔をして返してみた。


「ううん、見てないならいいの!」


ぱっと明るい表情を見せた松井に、次の言葉をかけるのはほんの少しだけ良心が痛んだ。でも言うけど。


「俺は、松井が〝ガラスに映った自分を見て、必死に前髪を直しているところ〟しか見てないけど」

「……見てたんじゃん!」


顔を真っ赤に染めて抗議してくるところは、素直にかわいいと思う。……こんな素朴な感想でも、うっかり口に出したりしたら敵がもれなく二名増えてしまうので、発言は慎重に。

ふと我に返る。せっかく楽しいデート前なのにいじめすぎるのもかわいそうだな。
詳しい話はまた後で聞くとして、今は愛しい愛しい彼の元へ向かってもらわなければ。


「なあ、待ち合わせ何時? そろそろ向かった方がいいんじゃない?」

「えっ?! 本当だ! ごめんね高瀬くん、またね」


ーーいやむしろ謝るのは俺の方だろう。

小走りに駅の方へ向かっていく松井の背中を見送りながら、本気でそう思った。


「あんなに急いで……また前髪崩れるぞ」


何のために一生懸命髪を直していたのか分からないけれど、松井の不可解な行動は見ていて飽きないな。
……こんな感想をうっかり染谷の前で言うと後が面倒だから、ここだけの話ということで。


カサリと音を立てるレジ袋を腕に、俺はコンビニを後にした。



終わり