「んん、自然がいっぱい!」


駅の改札を出た私は、思わず息を吸い込んだ。
見渡す限りの緑。雪が溶けてやってきた春に喜んでいるような鳥のさえずりも、空気が澄んでいるせいか、山々を邪魔するものがないからか、よく響いて心地よい。

深呼吸がこんなにも気持ち良いものだったなんて!

背負うリュックサックの紐にかけた手に、思わず力がこもる。一歩踏み出すと、真新しい登山靴が、キュッと音を立てた。


今日まで長かった。実に長かった。
慣れない仕事に右往左往しながらなんとかこなし、残業続きでストレスばかりの夜はひとり寂しく会える日を指折り数えていたとはさすがに言えないけれど。


年度が変わって一か月と少し。
見事な五月晴れの今日、久し振りに小林さんに会えるのだ。


久々のデートに山をチョイスするあたり、小林さんてばさすが分かってる! 都会に疲れた私のために、癒やしをくれたんですよね。

そんな風に勝手に喜んでいると、こぢんまりとした駅前の駐車場に停まっていた白い車から、見慣れた人が降りた。


「浅見! こっち」


私がずっと会いたかった人。
手をあげているのは、絶賛遠距離恋愛中の彼氏である小林さんだ。同じ会社に勤めてはいるものの、勤務先が異なる二人の間にはとんでもない距離がある。

ーーそう、新幹線に乗らないと会えないほどの。