街から離れると緑が増えていく。
少しくらい道が歩きにくくても、森の中が暗くても、迷わず進んでいける。
支えてくれる力強さと、包み込む優しさを持った温もりは、ライナに勇気を与えてくれた。


「……パンデルフィーを買いに来てくださる方は、皆さん綺麗にしていて。こんな自分と比べても仕方がないのですが、落ち込んでしまいました」


話しながら思い出してしまい、ライナはぎゅ、とイルミスの手を握り返す。


「先ほどの方々もそう。イルミスさんのことを熱心に見つめられていて。
私よりもずっとずっとイルミスさんに相応しい方が、いつか見つかってしまうことが……怖いのです」


ライナは、自分の弱いところを他人に見せることを嫌う。両親と祖母を亡くしてからはひとりで暮らしていたため、誰かに弱みを握られたり、同情されることをずっと恐れていた。

だが、イルミスだけにはすべて知って欲しいと思ってしまうのだ。


「正直に話してくれて、ありがとう」


気付けば、森の湖の前までたどり着いていた。風が吹けば、爽やかな空気が木々の囁きと共に通り抜ける。それは二人の髪の毛を柔らかく揺らした。


「今から、貴女の好きなところを言います」


立ち止まったイルミスはちらりと視線を湖の方へ向け、眩しそうに目を細める。差し込んだ木漏れ日が水面に反射し、ゆらゆらと漂っている。
再びライナの方へ顔を向けると、イルミスはおもむろに荷物を降ろし指折り数え始めた。


「愛情をかけて植物を育てているところでしょう? 美味しそうに食事をするところ、楽しそうに小鳥に餌をあげているところ……」

「え、なっ、何を……!」


突然始まったライナへの賛辞に、慌てて口を挟む。繋がった片手はそのままに、イルミスは楽しそうに口角を上げた。


「まだまだありますよ? 寝言が花に関することばかりなところ、普段は恥ずかしがり屋なのに寝ぼけると抱きついてくるところ」

「抱きつく……?!」

「おっと、これは私だけの秘密でした」


足先から頭の天辺まで真っ赤に染まってしまったライナは、それ以上言わないで欲しいと必死にイルミスの手を引く。それを軽くあしらうと、ライナの目を見て静かに告げる。


「ため息を吐くほど、私のことを真剣に考えてくれるところ」

「イルミスさん……」

「だから、安心してください。ライナの心配するようなことは、何もありませんよ。それどころか、ますます貴女を好きになってしまい困っているところです」

「ふふ」


おどけてみせるイルミスを見て、思わず笑いが漏れる。

ひとりで悶々と悩むより、顔を合わせて伝えることの、なんと落ち着くことか。握られた温もりと相まって、ライナの気持ちは随分と軽くなっていた。

イルミスは、そんなライナをしばらく愛おしそうに見つめる。


「私の方こそ、捨てられないように善処しなければ」

「捨てるなんてそんな! 私はイルミスさんが大好きです!」


思わずしっかり思いをぶつけてしまい、ライナはハッとした。見れば、イルミスが可笑しそうに笑っている。
ライナはまた、言わされたのだと気付いて恥ずかしくなった。最愛の夫はこうして時々意地悪をするのだが、どうしても毎回引っかかってしまう。悔しい気持ちよりも嬉しい気持ちが強い理由を考えていると、嬉しそうな声が降ってきた。


「では、今度はライナが、私の好きなところを教えてください」


急かすように近付いてくる顔にうろたえつつ、ライナは口を開いた。



「あ、貴方の好きなところ、はーー」



陽の位置が変わり、少しずつ色濃くなってきたどこか優しい日差しが、二人を照らし始めた。



終わり