「いらっしゃいませ、お花はいかがでしょうか」
賑やかな市場に響き渡る沢山の音。
それは客からの値切り交渉に応じる威勢の良い商人の声や、道を行く馬や牛の蹄の音、老若男女の朗らかな笑い声。
城下に位置するこのテトラ市場の一角で、今日も花が売られている。
赤青黄色、様々な品種の切り花が並んでいてそこだけ庭園を小さく切り取ったかの様だ。
そんな花々の隙間から顔を出して道行く人へ声をかけているのが、生産者であるライナだった。
「お花、くださいな」
顔を上げると、エプロン付きのワンピースを身にまとった美しい女性がひとり、佇んでいる。ライナは嬉しそうに笑った。
「いらっしゃいませ! 何をお探しですか?」
「ええと、パンデルフィーってあるかしら?」
「ございますよ」
ライナは、慣れた手付きでひとつの籠を寄せる。その女性がよく見えるように、斜めに傾けた。
「今日は多めに用意しています。お気に入りが見つかればよいのですが……」
「そうね……。あら、これなんて素敵。均等に花びらが開いているわ。色味も良いわね」
「ありがとうございます」
「これと、これ、と……」
きっと彼女は使用人ではない。話し方や立ち居振る舞いの上品さから、お忍びで街にやってきた身分の高い人だろうとライナは思った。
ふと通りの向こうを見やれば、ドレスよりも軽やかな服を身にまとった少女たちが供を連れて歩いている。楽しそうに笑う声が微かに聞こえた。
「おいくらかしら?」
「全部で、150リリーです」
「随分安いのね」
正直、祖母が付けた値段のまま商売をしているライナには物の価値があまり分からない。曖昧に微笑むと、ずい、と硬貨を握った白い手が出された。
「ありがとう」
大事そうに花を抱え、軽やかな足取りで去っていく女性の後ろ姿を見送る。しかしライナの思いは複雑だった。
美しい手だった。
ふと自分の手を見やる。外に出て花の世話ばかりしているため白いとは言い難いし、水仕事も多いためいつもどこかにすり傷や切り傷がある。
お世辞でも〝美しい〟とは言われない手だ。
それだけではない。通りの向こうの少女たちが持っているようなサラサラと流れる髪の毛も、薄化粧が映える可憐な表情も、ライナは何ひとつ持っていなかった。
手荒れを気にしてはため息を吐き、ブラシの通りが良くない髪の毛に落ち込む毎日。
ほんの少し前までは自分の容姿でこんな風に悩むことなどなかったのに、すっかり変わってしまった自分に嫌気が差す。