「でも、永井さんと伏峰先輩が従兄妹同士なんて知りませんでした」
「多分知っているのは先生くらいだろうね」

 俺はあまり自分の事を話すのは好きではない。別に家族に何かあって離れているとか、不仲でギクシャクしているとか、そういうのはないけど家族の話を他人にして何の意味があるのか分からないからだ。

 それも自分の事を話しても話を聞いた人間が一〇人いれば一〇人の受け取り方があるはず。

 俺の言葉をしっかりと聞いてその意味を理解してくれる相手なんていないだろう。だから、部長や和音さん、それに律子ちゃんが知っている俺という存在は見たままの『俺』であって、本当の『俺』は知らないだろうな。


「でも、永井さん頭いいから……こんなの私には解けないですよ」
「大丈夫だよ。コハルは考えるのは得意だが、その先は馬鹿だから」
「……そう、なんですか?」

 不思議そうに首を傾げる律子ちゃんに俺はノートを差し出した。

 そこには先ほど黒く塗り潰したページを読んでいく律子ちゃんは次第に険しい顔つきへと変わっていった。

「これを永井さんが?」
「そうだね。最後に『あなたの恋人』ってあるでしょ……それが証拠だよ」

 この『あなたの恋人』という一見すると何でもない言葉だが、これにはコハルと俺にしか分からない意味がある。

 それは『恋』の字を何故かコハルは『変』と書く癖があった。何度言っても「私はこっちの字が好きなの」と意味の分からない事を言って、その癖を直そうとはしなかった。

 天才とは気難しいものだと思いながら、「このままラブレターでも書いたら、『恋人』ではなく『変人』だな」と、小さく呟いたのをコハルは聞き逃さなかったようで「それじゃ、トモ兄は変人だよ」と更に意味不明な事を言っていたが、それ以降は普通に書くようになっていた。