「なんだ、まだ何か質問があるのか?」
「色々あり過ぎて何から聞いていいのか分かりません」
「それなら無いと一緒だから、早く着替えて行って来てよ」
結局会話がかみ合わずに討論の余地さえ与えてもらえず、強制的に着替えさせられた俺はカレーパン嗜好会との未知の遭遇をするハメになった。
ハメられたよ……ずっぽりと、ね。
そう思ったときは後の祭りで、俺の人生は流される笹舟の如く、緩やかに流れる小川から大波うねる時化(しけ)の大海原へと出航していった。
出航して数分――すでに遭難して沈没寸前だった。
「そこっ、カレーの極意を述べなさいっ」
「はい! カレーは愛でありますっ、彼との愛は煮込んで育てますっ」
ついていけないテンションと鼻の奥が痛くなる香辛料の匂いに頭がクラクラとしていた。
「で、智美さん。あなたは和音様のお知り合いと言うのは本当かしら?」
「はい、本当です。和音さんにはいつもお世話になってます」
つい先ほども色々とお世話になったはばかりだが、目の前にいる女子生徒は気に入らなかったようで眉をしかめて明らかに不機嫌な顔になっていた。
「そのメイド服……確かに和音様のものですね」
「え、ええ、そうですけど」
「きーっ、なんであなたみたいな四流パン職人が和音様の高貴なメイド服をっ」
ハンカチの端を噛んで本気で悔しそうな女子生徒についていけずに俺はどうしていいのかと辺りを見渡した。
が、誰一人として助けてくれそうな雰囲気はなく、遠巻きにこちらを見て『どっかいけよ、馬鹿』みたいな視線を飛ばしてきていた。
「ちょっと聞いてますのっ」
そして目の前にいる女子生徒はこのカレーパン嗜好会の一番偉い人――カレーパンスターと言うらしい。
色々とツッコミをいれたい部分があるのだけど、そこは大人の事情って事で無視しよう。多分聞いてしまうと話が長そうだし、面倒な事になるのは今までの経験で十分に把握している。


