「あっ……ご、ごめんね? 気に障ったなら謝るよ、うん、うん」
 一人スキューバーをしているかのような鼻息で部長を見下ろす大男は声は出さずに鋭い眼光で部長を威嚇していた。

 この人は七曜学園風紀委員会委員長の中川卓郎(なかがわたくろう)先輩。

 ドアが小さく見えるほどの巨体で身長は一九〇を超え、高校生には見えない風貌をしている。

 その理由は全身が茶色に輝く剛毛に覆われているので、よく熊に間違われてしまう奇特な人なのだ。

 街中でも目を惹くのだが、一年の頃に林間学校で山を登っていたら地元の人に熊と間違われて警察に通報され、猟友会は出てきたらしいのだが、それで終われば笑い話だったのに、「熊ではなくてエイリアンだ」って話に発展して自衛隊まで駆けつけてくる始末で、危うく撃ち殺されそうになった逸話を持っている人だ。

「うるさいっ――まだ、一二九回だっ」
「あっ、今日告白した子が『中川先輩に断って欲しいんですけど』って僕に言いに来たから一三〇回で間違いないよ。それに可愛い子だったので、一緒にケーキを食べに行って色々と話も聞いてきたし……あれ、名前なんだっけ?」

 余計な一言でこの場の空気をドンドンと悪い方向へ導いているのがこの変態部長には分かっていないようだ。眉間に青筋が一つ、二つ……これ以上浮かんだら危ないのでは思うのだけど、中川先輩は顔を真っ赤にして部長を見下ろしていた。

「き、貴様っ……由美ちゃんにも手を出したのかっ」
「そうそう、由美ちゃん。でも、手を出したというか、出されたというか」

 確か、往復ビンタ喰らったって言ってたからね。

「貴様は本当にどうしようもないヤツだな。小学校からの付き合いだから少しはお前の事を知っていると思っていたが、これは見損なったぞ!」

 いきなり意味不明な事を叫び始めた中川先輩に、今まで黙っていた和音さん、いつの間かにこけていた律子ちゃんは立ち上がってスカートを直しながら顔を見合わせて首を捻っていた。

「翔、貴様――女子更衣室を覗いただろっ」
「……へ? 何の事だよ、たくちゃん」

 暴走機関車、中川先輩の一言に部室内は静まり返っていた。