逃げ出して走って来た先は中庭だった。

 夏の日差しは容赦がなくて勘弁して欲しいほど降り注ぎ、地面からはかげろうがゆらっと立ち上っていた。

 そんな暑い中を外にいる馬鹿はいないだろうと視線を軽く動かしたのだが――
「……あっ、いた」
 そこに探し求める律子ちゃんがいたのには驚いた。

「誰が誘拐したのよ、まったく」
「人騒がせだったな。まあ、これで問題も解決したし、部室に帰るとするか」

 コハルも安堵したように笑みを浮かべていたが、俺が見ているのに気付いて恥かしくなったのか慌てて顔を逸らしていた。しかし、律子ちゃんが見つかった安堵感はあるのだけど、様子がちょっとおかしくて違和感を感じていた。


 ……何してるのだろうか?


 空を見上げて直立不動のまま動こうとはしない律子ちゃんを眺めていた俺の横で、コハルはため息混じりの息を吐いて律子ちゃんの方へ歩いていこうとしていたが――
「ねえ、トモ兄ちゃん」
 怯えたような顔でぎこちなく俺を振り返った。

「どうした?」
「り、律子…………す、すすす、透けてない?」
「はっ? 透けて――」

 コハルが何を言っているのかすぐには理解出来なかったが、そう言われて俺の感じていた違和感の理由がやっと分かった。

 律子ちゃんがじっと空を見上げて立っていたが、その姿は微妙に向こう側の景色が透けて見えている。その違和感は今まで起きていたラブポエマーもオペロンも忘れそうなほどにインパクトがあった。


 ……確かに透けてる。


 嘘でも幻でもなく本当に目の前にいる律子ちゃんは透けている。何が起こっているのか理解するのに苦労している俺の目に何やらおかしなものが飛び込んできた。

「んっ?」
「どうしたの? やっぱり、律子なのっ」
「いや、コハル。あの植え込みのところに足が見えないか?」
「……あ、本当だ」

 コハルに「見てくる」言い残して近寄って見ると、一本松を囲むフェンスの脇にある植え込みから伸びている足の先――眠るように横たわっていた律子ちゃんの姿があった。