「トモ兄ちゃん、腕一本どう?」
「どうってなんだ、どうって……。コハルも余計なお肉をあげ――」
「そんなもんないわよ! 無駄なお肉なんてこれっぽちもありませんっ」

 間髪いれずに否定し、俺の首を締め上げようとしているコハルの腕を掴み、投げようと思ったがさすがにかわいそうなので止めた。確かに余計なお肉がないようで背中には何も当たってないのが更にかわいそうで、思わず涙が出そうになった。


 ……寂しいもんだ。


 好き嫌いしないでちゃんとご飯は食べろと言いたくなったが、ゆっくりと近づいてくるオペロンを忘れてはいけない。余所見をした瞬間、威嚇するように「シャーッ」と鳴き声を上げるオペロンは一気に数歩近づいてきたが、目が合うとその動きを止めてこちらを観察するようにゆっくりとした動きへと戻った。

「とりあえず、この場を逃げる事を考えよう」
「そ、そうだね。でも、飼い主はどこに行ったのよ」
「それはあとから考えよう。今はこの場を切り抜ける事だけを考えろ」

 鬼気迫る緊迫感に押し潰されそうな俺の心臓……なんてわけもなく、このままうしろ向きに下がって行けば脱出だと思っていたら――
「おおっ、ここにいたのかっ」
 地響きをさせて背後からまさかの登場人物が現れた。

「きゃあ、熊っ」
「いいえ――あなたのプリンス、中川卓郎です」

 膝を付いてお辞儀をする中川先輩に驚いているコハルが思わず足を振り上げていたが、さすがは二度も同じ技は当たらないようだ。ふっと笑みを浮かべ、身体をうしろに逸らしていったが――
「ふごっ」
 間抜けな声を上げて倒れていった。

「気持ち悪い! 近寄らないでっ」

 しかし、まさかのうしろ廻し蹴りが炸裂するとは中川先輩も思ってなかったのだろう。笑顔のままその図体を横たえて気絶していく様は哀れの一言しかなかった。

「ほらほら、早く行かないと喰われてしまうよ」
「そうだね。この人を変わりに置いて行きましょ。こっちの方がおいしいよ、ほらっ」

 床に倒れる中川先輩を残し、俺達はオペロンから逃げるようにその場をあとにした。あの人なら大丈夫だろうな……熊すら倒せる人だから。