あの日のことはちゃんと覚えている。

身が引き裂かれるような思いで、それでも笑って"さよなら"と言えたこと。

ドアを閉める瞬間に"加奈!"と秋が叫んだこと。

だけど、おかしいな。

あんなに焼き付けておきたいと思っていた秋の笑顔も、声も、温もりも、"愛してる"も、もう鮮明には思い出せない。

記憶の中から掴み取ろうとしても、するりと指の間を抜けていってしまう。

ここに彼がいない。

それだけでもう、彼は少しずつ静かに『過去』に変わっていってしまうんだろう。

「…あき…」

"加奈"

もう応えてはくれない。

私の名前を呼んではくれない、愛しい人。

考えるだけでまた涙が溢れてしまうから、部屋を片付ける前にまた少し横になろう。

自分を奮い立たせるには、まだまだパワー不足だ。

もう少し、余計なことを考えずに過ごしていたい。