その夜、秋とは駅で待ち合わせをした。

「今日どうする?」

いつもと同じように問いかけてくる秋に、『エトワール』を指定する。

このお店も、朗らかなマスターの顔を見るのも、これが最後になるだろう。

別れたあとに秋の行きつけのお店に行って鉢合わせるわけにいかない。

「いつもの」と注文して乾杯をして、心配をかけないようにおつまみもちゃんと口にした。

シェイカーを振るマスターをじっと見ていたら、隣から秋が覗き込んだ。

「マスターに見惚れてるの?」

少し拗ねたような声を出す秋。

ふふっと笑ってグラスを揺らすと、中の氷がカランと音を立てる。

「秋も歳をとったらマスターみたいになるかもね」

「ん?どういうこと?」

「ダンディで味のある素敵なおじさまになるってこと」

秋は複雑そうに、んーと唸ってマスターを見つめる。

マスターはオーダーの入った生ビールをサーバーからグラスに移している。

「…そういえば、初めてここに来た時、生ビールの不味さにびっくりした」

「ああ、加奈の二十歳の誕生日な。
結局俺がほとんど飲んだよな」

「でも今は普通に飲めるなんて不思議」

「みんな最初は不味いって思うはずなのに、いつのまにかやめられなくなるんだよな。
まあ社会人になると付き合いもあるから、飲めるに越したことはないんだけど」

「…大人になった証拠なのかな」

「そうだな」

こんな話をしなければよかったな、と思いながらグラスに目を落とした。

また涙が出そうになる。

本当は話したいことがたくさんあるけど、思い出に浸るのはやめよう。

そう思って、仕事の話をしながら飲んだ。