「晴くんは下積みが終わったらどうなるんですか?」

「常務取締役ってのを正式に作る予定でいて、俺はそこに入ることになるよ」

「そうなんですか」

「だから俺も政略結婚」

晴くんはニッと笑ったけど、その笑顔はやっぱりぎこちない。

「…晴くんにもいるんですね。好きな人」

「…うん」

目を伏せる晴くんの横顔は、初めて見る切なげな顔だった。

どっちがいいんだろう。

直前まで知らされずにいる秋。

最初から知っている晴くん。

政略結婚なんて望む人がいるわけがない。

それは男性側だって女性側だって同じはずなのに。

やるせなくて、膝においた手をぎゅっと握った。

「…加奈ちゃん、これは自分で選んでほしいんだけど…」

何かを迷っているように視線を浮かせ、晴くんは静かに口を開いた。

「木曜日の10時半、兄貴の婚約者になる女性が社長に会いにくる。
見るか見ないかは自由だ。
でももし見てみたいと思ったら、その時間帯にロビーにいれば見られると思う」

ドクンと胸が音を上げた。

秋の婚約者…

「…決まったんですか?」

「うん。下着メーカーのご令嬢」

残酷すぎる現実に言葉も出てこない。

婚約者の女性…私は見たいのかな。

見ないほうがいいのかな。

どちらの判断もつかないまま、晴くんに会釈して去ろうとしたとき。

「…っ」

ズキンと大きな痛みが走り、思わず胃をおさえてしゃがみ込んだ。

「加奈ちゃんっ!?」

「…大丈夫です。
最近ちょっと胃の調子が悪くて」

「ちゃんと病院行った?薬もらってこないとダメだよ」

「はい」

苦笑いをして見せたけど、私の頭に伸びた晴くんの手は髪に触れることはなく、そのままこぶしを作って引っ込めた。