「加奈ちゃん」

向かいから手を振りながらやって来たのは、例のごとく晴くんだ。

働いている場所が全然違うはずなのに、晴くんとの遭遇率は決して低くない。

それは多分、喫煙ブースがこの階にあるからだと思う。

ヘビースモーカーというわけではないようで、晴くんは決してタバコ臭くはないけど。

「その後どう?」

気づけば11月ももう3週目だ。

タイムリミットはもう本当に残りわずか。

「…もうそろそろ、終わりにしなきゃって思ってます。でも…」

胃がキリキリと痛んで、ぎゅっと目を閉じた。

「加奈ちゃん…?」

「…こっぴどく振るって、無理です。そんなことできない」

そうだよな、と呟いて悲し気に俯く晴くん。

「…実際のところ、別れようなんて話し合いでも兄貴は納得しないと思う。
そのあとすぐに婚約話が出れば、加奈ちゃんが別れを切り出した理由はどっちにしてもバレる。
だから加奈ちゃんには、ここを離れて兄貴と連絡を断ってもらうしかないと思ってる」

私と同じことを晴くんも思っていたことに安堵した。

「私も、秋が他の人と結婚するところなんか見たくないから、別れたらすぐに辞めようと思ってました。
だけど、もうちょっと待ってください。
引っ越しとか、そういうの…今はそこまで頭が回らなくて」

「うん、大丈夫。
そういうのはその時にちゃんとフォローできるようにするから」

秋との婚約の話を聞いてからの晴くんは、今までの無邪気な印象と違ってとても頼もしく見える。

イケメンで有名な穂積兄弟は、どちらもとても仕事ができるのだと噂で聞いたことがあるけど、きっとその通りなんだろう。