私は当時6歳だった。私たちは父 母 私の3人で幸せに暮らしていた。

何不自由なく育てられた私は両親が大好きだった。

しかし、そのどこにでもいる普通の幸せな私たちの暮らしがいきなり、そして、一瞬で消えて跡形もなく2度と手に戻らない、とても遠い存在となってしまったのだ。

悲劇はなんの前触れもなく訪れるものだ。

1番最初に聞いたのは、苦痛に歪んだ父の悲鳴と内臓が震えるほど低く、まるで地の底から響いているようなチェーンソーの音。

母の力というものは素晴らしいもので、この異常な状況を即座に理解したようだ。

母は私を素早く抱き抱え、洗面場のちいさな棚に私を押し込んだ。

その時の母の顔は一生忘れないだろう。

母はどこまでも悲しそうに微笑むと、

「葉露は一生、私の天使」

と言ってから私を強く抱きしめた。

そこに一筋の涙を置いて棚の戸を閉める。

その後、私の記憶に残っていたのは苦痛に歪んだ、いや、苦痛と悲しみが入り交じった母の悲鳴と、あのチェーンソーの音。

全ての音が消え去り、嵐は過ぎ去ったのかと棚の戸を開け、多少の恐怖を感じながら私はリビングに向かった。

そこで6歳だった私が目にしたものは血まみれで倒れている母の姿。

まだ年長だった私にはあまりにも刺激が強すぎるその光景に初め、思考が追いついていかなかったのを覚えている。

後頭部から太ももにかけて、長々と大きく切り裂かれた母の無惨な姿を見た私はその時理解できなかった。

「今日はハロウィーンだからきっとママとパパがイタズラしているんだ」

私は母や父がいなくなったことを認めたくないがために私はそんな妄想を膨らませていた。

立ち上がり、フラフラと窓辺に横たわっている父の顔に触れる。

父の背中にもさっき見た母と同じ傷が付いている。

私は、父の片手と母の片手を握りながら夜を過ごしたのだ。

一晩かけてゆっくりと下がっていく父と母の体温はあまりに悲しく、尊いものであった。