どれくらい走っただろうか。


昔から住んでいたあの思い出の森とは違う、山奥に来ていた。



「山……木…森……草…」


「ちょっと、ぼそぼそ喋らないで。……気持ち悪い…」


「……」


母は、汚物を見るような目でマユを睨んだ




窓越しに見える緑がさらに深くなってきたところで、父が小さく悲鳴をあげた


「ひっ……お、おい……」


ふたりの顔が一瞬で青ざめる


「……!?あれ…神様じゃないの!?」


「にっ逃げろ!殺される……!!」


車のスピードが一気に上がる



普通の人なら恐怖感を覚えるであろう速度なのにも関わらず、マユは、じっと窓越しの緑を見つめていた



でも、ほんの一瞬、黒い影が見えたのをマユは見逃さなかった。


「あ、れ…なに……?」


「あぁそっか。あんたはしらないんだったね!」



そう言いながら母は、早く行けと言わんばかりに運転席に座っている父を軽く叩く


どうやら両親はあの黒い影に怯えているようだ。



「……しらない。でも……素敵だった…」


左右で大きさの違う黒い羽


紳士服のような、綺麗な装飾のされた服


そして


こちらに鋭い視線を送る、獣の目



「は…?あれが綺麗だって?……あんたおかしいんじゃ…」


母が何か言いかけたようだが、それを父が遮る


「こら!神様…に聞かれたらまずいだろ……」


「…っ…」


マユは、神様のことで頭がいっぱいになった。
そこからの移動中、ずっとマユは


「かみ……さま……」



そう、呟いていた。


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「子供……綺麗だったな…」


自分の思ったことに驚き、ハッとする。



人間を綺麗だなんて思ったのは、久しぶりだった


「……」



茶色のふわふわの短い髪



どこか上の空で森を見つめる、

なんとなく既視感のある、死んだ蒼い瞳



白く、細い綺麗な腕



愛らしくも、整った顔



「……人間…か……俺もあの子に嫌われているんだろうな…」



もう、あの綺麗な夕日はさよならをしていて、
辺りは月明かりで薄暗くなっていた


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「はぁ…さ、ここだよ。早く入りな」


車が止まった場所は、




草やつたがたくさん伸びている、大きな煉瓦の家。



元は肌色だったのだろうが、今や外壁は草や苔で覆われ、森と一体化しているように見える。



森の中の家。おばあさんとお料理を食べ、紅茶を飲み、楽しく過ごしたあの家と重なる。



「……おばあちゃん…私……」


「あ?なんだよ。早く入れよ」



母に荒く背中を押され、倒れるように家に入った


「……外…」


「なに。」


「外で、少し空気を吸ってきてもいいですか…」


「はぁ、さっさと行けよ」



チッと舌打ちをしながら、母は車に荷物を取りに行った



「神様……」