「もっとアンタが嫌なやつだったらよかったのに」
そう言って笑う槙くんは、なんだか少し切なげで。
その短い言葉の中には彼のいろんな気持ちが込められているような気がした。

「じゃあ話も仕事も一段落したことだし…俺、そろそろ帰りますね」
「あ、うん」
「お疲れさまでしたー」

そう言って席を立った槙くんは、いつもの余裕を纏った笑顔を取り戻していて。
いつの間にか片付けられていたデスクを残して、彼はスタスタと歩いていってしまった。

「…なんか、一段落した感じですか？」
「彼の中で勝手に自己完結した感が否めないけどね」
「ですね…ふふっ」

去っていく背中を見送ってから、どちらからともなく笑い出す。
槙くんの去り際があっさりとしすぎていてなんだか拍子抜けした気分になったけれど、この場で一触即発なんていうことになるよりは何倍もいい。

「仕事は本当にもういいの？」
「あ、はい大丈夫です」
「じゃあ帰ろうか。…っていうか、このまま連れて帰りたいんだけど、いい？」

不意に雪さんがそんなことを言い出すものだから、かあっと一気に顔が熱くなる。
けれど頭は冷静で、答えはたった一つしかなかった。

「はい。私もまだ雪さんと一緒にいたいです」