――それは、偶然だった。

たまたま、倉庫まで必要な資料を取りに行ったにすぎなかった。

「あーもう、くそ…っ」

人がいないはずの会議室の中から声が聞こえて。
聞き覚えのあるその声とは不釣り合いの、まあいうのであれば…綺麗じゃない、言葉。

通り過ぎかけた足を数歩後戻りさせて、ほんの少しだけ開いていたドアの隙間から中を覗き込む。
頭に浮かんでいたまさにその姿が大正解だったことと、続けて聞こえてきたすすり泣くような声に思わず目をこすった。

やっぱり槙くん!?え、なに…どういう状況!?

軽くパニックになりながらあれやこれやと考えているとその場から動けなくて、気付いたときには…もう遅かった。

「「…あ」」

見事にかぶった互いの口から零れ出た「あ」の音のあと。
2人の間に気まずい空気が流れたのは、言うまでもない。

「えっと…ごめん、覗くつもりはなかったんだけど…」
「誰かに言ったらただじゃおかないから」

悪魔みたいなそんな台詞を残して、槙くんはスタスタと歩いていってしまう。

「~っ…」

思わずへなへなとその場に座り込んだ。
持っていた資料の束を落とさなかった自分を褒めてあげたい。

…って、そうじゃなくて!

「なに、あれ…」


――この2人の恋が始まるのは…まだ少し、先のお話。