「槙くんは私にとって大事な後輩だから」
俺のことを疑うなんて微塵も頭にないとでもいうような安心しきった顔で、茜先輩は笑った。
それは俺にとっては都合のいいことで。
愛想を振りまいて「ありがとうございます」と礼でも言えばいいだけの話だった。
なのに…出来なくて。
ただ利用するためだけに近付いたはずの女からのその言葉が、やけに心に引っ掛かった。
気が付いたら、目の前の彼女に触れていた。
熱のせいで頭が朦朧としていたのは確かだったけれど、だからといってこんな衝動的な行動をとるなんて、らしくなかった。
「…帰るね」
それだけ言い残して、茜先輩が部屋を出ていく。
だけどそれを引き留める気も起こらなくて、なんなら顔すら上げられなかった。
ドアの閉まる音がして、ようやく詰めていた息を吐く。
「ったく、何やってんだ俺…」
荒ぶる気持ちを外に吐き出すように、頭をガシガシと掻きむしる。
ベッドに身体を沈めて、手の甲で顔面を覆った。
「お人好しにも程があるだろ…」
うっすらと目を開けて目線を天井から横に移すと、空になった小鍋が目に入ってきて。
思い出される数分前の彼女とのやり取りを思考から追い出すように目を逸らす。
アイツが…相沢が不幸になるなら、他の誰がどうなろうとどうでもよかった。
どうでもいいと…思ってた。
でもいつの間にか、茜先輩の事がどうでもよくなんかなくなっていて。
むしろ好意的な気持ちまで抱いてしまっていたことを、ついさっきの自分の行動がすべてを物語っていた。
「あーもう、全部台無しかよ…」
もう何度目かわからない大きなため息を吐いたところでなんだか身体から力が抜けていく気がして…俺はそのまま意識を手放したのだった。
