「相沢社長」
水野編集長との打ち合わせを終えてエレベーターに乗り込もうとしたとき、あまり聞きなれない声に名前を呼ばれて立ち止まる。
振り返った先で人当たりの良さそうな笑顔を浮かべていた人物を見て、すぐに要件に察しがついた。
「あぁ君は…槙くんだったかな」
「覚えていて下さって光栄です、相沢社長」
オフィスに入った瞬間から、彼の鋭い視線は感じていた。
けれど、俺から直接関わりを持つつもりはなかったし、手を下すつもりもなかった。
…自分で話をすると言った茜の気持ちを尊重したかったから、それまでは。
「お話したいことがあるのですが、少しお時間を頂けないでしょうか?」
確かこの後の予定は…
今朝ユウに聞いた1日の予定を思い返しながら、次の予定に間に合うであろうギリギリの時間を割り出す。
「…10分くらいなら、大丈夫だろうか」
斜め後ろに控えていたユウにちらっと目を向けると、渋々といった様子で「かしこまりました」と一言だけ返事が返ってきた。
「では10分後に表に車を回しておきますので。遅れないようにお願いします」
「あぁ、わかった。ありがとう」
最後に念を押すようにそう告げてからエレベーターに乗り込んだ有能秘書を見送ってから、先を歩く槙に付いて歩き出す。
編集部とは反対方向に向かいたどり着いた先は、周囲にあまり人気のなさそうな会議室だった。