ちょっと待ってちょっと待って…!

心の中でそんな言葉を繰り返すけれど声にはならなくて、意思とは反対に唇は強く引き結ばれていく。

どこが熱いのかわからないくらい、身体中が熱を帯びていく。
熱い。熱くて仕方がない。

「お世話になりました、失礼します…!」

半ば彼の手から逃げるように身を引いて、サイドテーブルの上に置かれていた自分のバックを掴む。
まともに目も合わせられないまま勢いよく頭だけ下げ、そのまま外へと駆け出した。


「…はあ」
ホテルのエントランスを抜けたところで足を動かす速度を緩める。

逃げるみたいに出てきてしまったけど、これでよかったとは到底思えない。
でもどうすればよかったのか、今でもわからない。

…26年間、それなりに真面目に生きてきた。

お酒で記憶を無くしたことは…ないことはないけれど、男の人の前では断固として一度もない。
彼氏がいるときに浮気したこともないし、ましてや出会ったその日にワンナイト…なんて経験ももちろんない。

けれど、全部今さらだ。
今さらどれだけ過去の出来事を並べたところで、まったく意味がない。
意味がないのはわかってる、けど…!

冷静になろうとするけれど、完全にキャパオーバーした頭の中が簡単に落ち着くはずなんてなくて。
気持ちの整理がつかないまま家までの道を進めながらも、なぜか片隅に相沢さんの笑顔が離れずにいた。