「__お休み。ご馳走様」
マンションのドアの前に立つドクターは、それじゃ…と短い挨拶をして出て行く。
黒いドアはパタンと閉まり、その手前に立って手を振っていた私は、カチャッとロックが掛かった途端にヘナヘナ…と床へ座り込んだ。
「はぁ…」
大きな溜息が漏れ出す。
ドクターは、お鍋を〆まで美味しく食べ切ってくれて、熱燗もお銚子一本で止め、帰りはタクシーを拾うから大丈夫だと言って、見送りも玄関先まででいいからと断った。
結局、キスはあの時だけで、後は何の進展もなく時間が過ぎていった。
私は、彼がどうしてあそこまで本気になったのかが分からないまま、少し唖然として座り込んでいた。
膝から先を八の字に広げた姿勢で、右手の指先を唇へと動かしていく。
中指の腹が唇に触れた途端にドクターとのキスを思い出し、嘘……と小さな声で囁いた。
「……じゃないか」
我ながら惚けるのもいい加減にして、と思い直す。
私の唇にはまだ、彼の唇の感触が残っている。
柔らかくて温かくて、最初は触れただけだったけれど、二度目はしっかりと、まるで包む様に吸い付かれていたのだ__。