それに応じるつもりは更々ないけれど、この百戦錬磨の相手には、ない余裕ですらも見せおきたい気がした。


「…今、縁談が一つ持ち上がっていて、その人はとても誠実そうなんです。先生のように誰でも簡単に触れる様な人じゃないと思うし、どうせ付き合うならそういう人の方が安心だから…」


そんな風に思ってもないのに口にした。
終わるな…と感じながら、それでも責める様に言ってしまった。


「昼間に見たんです。先生が矢神さんと一緒にいるところを。何があったかは知らないけど、彼女が泣いて先生が慰めていた」


それを聞いて彼の表情がハッとする。
気まずい場面でも見られたと思ったのだろうか。


「あんな風に簡単に女性に触れることができる人とは私、お付き合いできません。遊びで付き合いたいのなら誰か他の人にして」


そう言い切って腕を振り解いた。最後まで残った指先の感触に胸が痛んだ___。



「…失礼します」


声を低めて言うと彼の目も見ずに背中を向けた。
やはり弁解もしてこない彼に落胆を感じながら歩き出した。