ロング・バケーション

「顔も見たし、お礼も言えたから…」


少し力の戻った声で呟くと唇が開いた。

帰る…と声を出しそうな口元を見て、俺はぎゅっと手を握った。


「だったら一緒に行こう。俺の両親に凛を紹介したい」


目を丸くした彼女が目線を上げ、そのままこっちを見つめる。その顔に笑いかけ、理由を話した。


「この間、母親に紹介したい人がいると電話で言ったんだ。そしたら、近所のおばさんにそういう相手が出来たみたいだと話しちゃって」


それを聞いた豆腐屋のおばさんは、幼馴染の泰葉のことかと勘違いをしたらしく、そろそろ二人は結婚するみたいよ、と有らぬ噂を流した。


「おかげで何かと迷惑してるんだ。往診に行っても揶揄われてさ」


話を半信半疑のように聞いている。
だけど…と言いだす唇に指をあて、今度はちゃんと自分の気持ちを話そうと決めた。


「距離を置こうなんて言って悪かった。凛を疑うなんて俺は最低な男だよ」


彼女の隣に座りながら、あの夜のことを思い出す。

俺の部屋から出て行った凛を追いかけ、タクシーで逃げられた日のこと___