ロング・バケーション

おはようの挨拶一つしてくれなかった。
それが私にとってどれだけ心乱れるキッカケになったか。


「それに昨夜も車の中で無言でいて、私のせいだろうな…と思って、ずっと気になって話せなかっただけなのに」


あの熱いキスの嵐に体が震えてしまい耐えれなかった。
恋愛経験の無さからくる不安に自分の気持ちが負けてしまった。


「それなのに、ツレないとか言われると頭にきます。私は今日一日中ずっと先生と顔を合わせたら何て話せばいいだろう、と悩みながら働いてたのに」


頭の中は脳梗塞が再発した酒井さんや同僚の青木さんのパシリよりも、ドクターのことで一杯だった。

だから、日頃は平然とスルーできる事さえも、一々何処か突っ掛かる気持ちが生まれていたのだ。


「私だけが悪い訳じゃないのに、そんな言い方されるなんてあんまりです!」


バカみたいに過剰反応してしまう。
私の言葉を聞いているドクターも呆れている様子に見え、私はぐっとその先の言葉を飲んだ。


マンションの廊下で言い合う私達の声は、少なからず住人に聞こえていたみたいだ。