「笹原さん…っ、」
何度この名前をわたしは呼んだだろう。
いつだって答えてくれるあなたに甘えてしまってごめんなさい。
「……お母さんっ、どう?」
くぐもった自分の声がひどく震えている。
「……元気だよ?」
「…そっ、か。」
「会ってないのか?」
「…うん、時間がっ、なくて…。」
「そうだよな…。凛ちゃん、本当に辛かったらいつでも僕に電話して?…絶対に凛ちゃんの味方だから。」
わたしは最後にぎゅっと笹原さんの背中に腕を回して抱きついた。大好きなあなたのこの温もりをあと少しでも感じていたかった。こうしていると…いつも幸せになれたから。
きっとわたしは今幸せだ。幸せだけど…心にぽっかりと空いた穴がきっとまだ塞がっていなくて…。
もしかしたら、偽りの幸せなのかもしれない。自分は幸せだ、と、そう言い聞かさせているだけなのかもしれない。川島花蓮のいう、『浮かれた不幸者』なのかもしれない。
笹原さんに甘えているということは…きっと、まだまだ満ち足りていない証拠だ。
「笹原、さん…っ、」
「ん?」
「多分っ…もうずっと、一時帰国できないと思う…っ、レポートとか忙しくて。」
そっと自分を彼から離して顔を上げる。
眉根を寄せてわたしをじっと見つめる彼は、今、どんな気持ちなのだろう。
「ううー…さみしいなあ。」
笹原さんにもう一度、ふにっとほっぺたを引っ張られる。
濡れた頬に彼の乾いた指先が気持ちよかった。
「辛い時は思いっきり泣くんだよ?……凛は強がりで……泣かないから…。いや、泣ける空間を僕が作ってあげれていなかったのかもしれない…。でも、覚えておいてね。泣いたっていいんだよ。その倍笑えばいいだけだから。」
寂しそうに、ニコッと笑う笹原さんに、わたしは何度も首を振って、泣きながらぐっと口角を上げた。
「前はヘラヘラ笑ってて変だーって言ってたくせに。」
「ははっ。そうだな…でも、本当に、前と変わったよ、凛ちゃん。オーストラリアでの生活が合っているみたいだね。」
笹原さんのホッとしたような表情に、わたしは何を言えばいいのだろう。



