「…さん、聞いてますかー?問3の答えお願いしますー。」

フッと先生の声が鮮明に聞こえて、わたしは慌てて顔を上ると教科書を急いでめくる。すると隣から恵の呆れたようなため息が聞こえてきた。

「お前じゃねえよ。」

え…?

わたしは恵にん?と視線を送る。

このクラスに不真面目な生徒なんていたかな…?


「川島さーん。起きてくださーい。授業中ですよ?」


先生の苛立ちを含む声に、生徒の視線がチラチラとある場所に向かっていることに気づき、わたしも同じように顔をそちらへ向けた。

「……。」

っ…

わたしは思わず目を見張った。

そこには今まで気づかなかったのがおかしいほど人目を惹く女子生徒が、むっくりと机から顔を上げていた。

艶やかな黒髪に、鳥肌が立つほど鋭い狐のような瞳。そしてあっと息をのむほど白く整った顔。

どこか人を近づけない雰囲気を繕っていて、氷河のようなその表情におそれまで抱いた。

「川島さん、難問ではあるんだけど、ここの最初のステップをー」

「AB2=OA2+OB2-2×OA×OB×cosθ
AB2=|b -a|2,OA2=|a|2,OB2=|b|2OA×OB×cosθ=|a| |b| cosθ=a ・b」

透き通るようなその声に全神経が向けられる。

凛としているけれど恵とはどこか違う、森奥の湖の湖面のような静けさを含んだその声音に、血がさわぐ。

「…川島花蓮(かわしまかれん)。」

恵の声が背後から聞こえる。

「成績優秀、運動神経抜群、容姿A+。」

川島…花蓮…

「授業サボる率は9割以上。」

機械音みたいに恵の音声と彼女の凍てついた表情が重ね合わさる。

「それ以外の彼女の情報を知っている人は誰もいない、悪魔の使い。」

現実離れした川島花蓮のそのどこか距離を置いた態度や眼差しからわたしは目が離せない。


「…って、伝説みたいにいい継がれてるわけ。」


恵の鼻笑いを含んだ声にやっとわたしは彼女から目をそらす。


「実際どうなんだか。ただのグレた生徒なんじゃないのってわたしは思うけど。」


まあ、容姿は認めるけどね、なんてほざいた後、すーすーと寝息と立て始めた恵。


ただのグレた生徒、か…。


でも花蓮って…まさか、ね。


すこし不安を抱きながらも、わたしはもう一度授業に視線を向けた。