『隆弘君、今日はずいぶん遅いな』

さっきまで、カウンターの内側にいたはずのマスターが、席の横に立ち、静かに話しかけてくれる。

『すみません、長々と居座って…』
『いや、もちろんうちは構わないさ。第一柚希ちゃんも知っての通り、私ははなからこの店で儲ける気はないからね』

隆弘との初デートで、雨宿りに立ち寄って以来、待ち合わせ場所に使わせてもらってる私達は、マスターにとっては、馴染みの常連客。

いかにも仕立ての良さそうな真っ白なシャツに、黒いカフェエプロン。
白髪の混じる頭髪は、ちょうどいい具合のロマンスグレー。
おそらく、50はとうに過ぎてるというのに、マスター目当てのマダムも多いというのも、うなずける。

『それより、今日はクリスマスだっていうのに、恋人をこんなに待たせて、隆弘君も罪な男だ』
『いえ…”仕事”ですから、仕方ありません』
『さすが、大人の余裕だねぇ』
『そんなんじゃないですよ…ただ、こういう時間も、わりと嫌いじゃないから…』
『ほぅ…なるほど』

マスターが、目を細めて『それは、ご馳走様』と微笑むので、思わず口に出した自分の方が恥ずかしくなる。

実際、嘘でも強がりでもなく、これは正直な気持ち。

こんな風に、いずれ来るとわかっている隆弘を待つ時間は、穏やかで優しく、私にとっては至福の時間。