「すみません…なんか、社長にこんな事を…」


「いいよ。出来れば理由を話してくれると更に嬉しいけど…言いたくなさそうだから、ドラマと猫のせいにしておこうか」


手首を離して捲った袖をもとに戻す。薬のキャップを閉めると作業着のポケットに忍ばせる。


「お昼にまた塗るんだよ。いいね?」

「は、はい…」

「と、ごめんね。本当はもう少し話したい所だけど、これから会議なんだ」


腕時計を見て、持っていた資料をヒラヒラと見せてくる。

「そうだったんですか?ごめんなさい。お忙しいところを」

「全然。じゃあ、またね」

「はい」

去り際に、手を振って去っていく。その背中を見えなくなるまで見つめ、肩を撫でおろした。


なんか、スイートルームのお礼もきちんと言えなかった。結婚の事も聞けなくて、言われもしなかった。


良かったと思う反面、拍子抜け。でも、これで良かったのかも。聡くん事をきちんとしないと、社長の事は考えられない。なんて、私が1人で盛り上がっているだけかもしれないけど。


「私も仕事しないと…」

意気込むように息を吐き台車を押す。また会えた時にはスイートルームの事はお礼を言おう。


結婚のことは保留で。そう思いロスした時間を埋めるため駆け足でトイレに向かったのだった。