その手が離せなくて


顔を上げた瞬間、涙が瞳を覆っていた。

そんな私の姿を見て、萌は悲痛な表情を見せた。


「もう、会っちゃダメ」

「――」

「分かってるの? 不倫なんだよ? 見つかったら、お互い何もかも失うんだよ?」


バタバタとリビングからキッチンへと駆けてきた萌が私の両肩を掴んだ。

思いっきり揺さぶられた瞬間、パタリと瞳から涙が零れた。


「分かってるよ」

「分かってない! あんな誰が見ているか分からない場所で抱き合ったりしてさ!」

「あれは・・・・・・」

「もう会っちゃダメ! 連絡も取らない、仕事で会っても話さない。じゃないと、取り返しがつかない事になっちゃう」


萌の言葉に、やっぱりこの恋は間違えていたんだと再確認する。

狂ってしまった頭では、彼に奥さんがいる事さえ都合よく消し去ってしまっていた。


目の前に見える幸せだけを追い求めていた。

彼さえ傍にいれば、もう何もいらないって、本気でそう思っていた。