その手が離せなくて


僅かな沈黙にすら耐えられず、その空気を打破する様にわざとおどけた様子でケラケラと笑って声を落とす。


「何、もう~! 真剣な顔しちゃって! あ、さっきの一ノ瀬さんの事? だから、本当にたまたま会っただけだって!」

「柚葉」

「本当、なんでもないから、一ノ瀬さんとは!」


ケラケラと萌の顔を見ずに、一気にそう話す。

自分でも空回りしているって分かっているけど、止まらない。


ドクドクと心臓が動いて痛い。

冷や汗が背中を伝って、微かに手が震えた。


「ほんとに――」

「2人が抱き合ってたの、見たよ」


私の声にかぶせてきた、その言葉に世界が止まる。

顔に張りつけた笑顔が一瞬にして固まる。


言い訳の言葉が頭の中を駆け廻っては、消えていく。

思考回路がメチャクチャになって、ただただ萌を見つめる事しかできなかった。

そして。


「一ノ瀬さんが、指輪をしてる所も」


その言葉で、持っていた缶ビールがゴトリと手から滑り落ちた。