消灯間近の薄暗いフロアで、佐藤と二人きりでパソコンを見ながら、時々、パソコンの画面に照らせ白くなっている佐藤の顔を盗み見る。


俯き加減で、くっきりとした二重の瞳は真っ直ぐと画面を捉え、少し厚みのあるふっくらとした唇は、何かを言いかけた時のように薄く開かれている。


……やはり、こうして見てみると、佐藤は綺麗だよな。


ある時、休憩室で他の部署の男性社員数人がどの部署の女性社員が自分達のタイプなのかという話をしているのを偶然耳に入ってしまった。


……ったく、男はくだらない話が好きだなと思いながら、不本意で盗み聞きをしていると、一人の男性社員がこう言った。


『俺はね、やっぱ、営業の佐藤 深雪、かな。背小さいし、なんかお淑やかだし、それからやっぱ、可愛いから』


それを聞いた他の男性社員も、同調するような声を出した。


『あー、佐藤 深雪、ね。分かるわ、結構可愛いよな。部署違うから話したこと無いけど、でもすれ違った時とかに『おっ』って思ったもん。どういう子か分かんねーけど、でも彼女にすんなら佐藤 深雪だな』


『おー、俺も、俺も。秘書課の藤本さんもいいけど、藤本さんは高嶺の花っていうかさ、やっぱ手が届かないっていうかさ、近寄りがたいじゃん?だけど、佐藤 深雪なら届きそうっつうか?』


……お前は、秘書課の藤本さんを狙ってんのか。

だけど、自分の身の丈を一応わきまえているから、佐藤に狙いを変えたのか。


ふーん、俺の部下を汚い目で見るなんて、いい度胸してんな、こいつ。


ったく、どいつこいつも、表面的な部分しか見ずに、勝手なことばかり言いやがって。


自分の部下を軽く見られているのにも、汚い目で見られているのにも、どちらにも腹が立って仕方なかった。


あいつとこいつとそいつの顔を覚えて、上にちょっくら『女子社員にセクハラ行為をしている』というガセネタ流して、依願退職という形で会社から追放すっかな、とか色々と策を練っていると、今まで無言だった一人の男性社員が口を開いた。


『佐藤さんは、確かに可愛いけど、でも彼女は可愛いだけじゃないよ。僕、物流部だからいつも倉庫の中で作業着着て、夏なんて冷房効かないから汗ダラダラで、汗臭くて、女性達は僕が近づいただけで不快そうにするけど、でも佐藤さんだけは違ったんだ。僕がすれ違っても『今日も暑くて大変ですね。お疲れ様です』とか、『水分補給、しっかりして下さいね』って言って塩飴くれたり。冬でも『寒いですね』って、カイロくれたり。まあどれもまだ使わずに大切にとってあるけどね』


『取ってあるのか、スゲーな』


……せめて、塩飴は食ってやれ。賞味期限が切れて、溶けて袋にくっついて取れなくなる前に。


隣接している工具の製造工場から次から次へと搬入される工具を取引先の会社に納品、出荷する業務を担当しているのが物流部だった。


巨大な倉庫の中に、沢山の工具が収納されている巨大なダンボールが山積みになっている。

倉庫の中は空調設備が整っておらず、換気はしてあるが、冷房や暖房は入っておらず、猛暑の夏はサウナ並みに暑く、極寒の冬は北極並みに寒かった。


過酷な労働環境の中、俺たち営業が持ってきた仕事の最終仕上げをしてくれる物流部にはいつも頭が下がる思いだった。


だが、佐藤が物流部にそんなことをしているのは知らなかった。

普段から納品書を届けに、物流部に行っているみたいだが、そこの社員に気を配って、夏は塩飴や冬はカイロを差し入れたりしているとは。


思わぬところで知った部下の新たな一面に、俺は驚いたと共に、尊敬の念を抱いた。


塩飴やカイロといったものでも、いつまでも取っておくということは、その気遣いが嬉しかったということだ。


……佐藤、結構やるじゃねーか。


『だからね僕は、佐藤さんのそういうところが一番好きなんだ。いつもあの優しい笑顔と声に癒されて、もっとやる気が出てくるんだよ。『お疲れ様です』、『無理せずに頑張って下さいね』、……その短い言葉だけでもすごく、気持ちが込められていて、嬉しいんだ』