それから、午後の仕事を再開した。
だけど、私の頭を占めているのは、課長だった。
藤本さんが言うには、課長が、私のことを『異性』として見ていて、私のことが知りたくて藤本さんに色々と質問して私の情報を収集しているとか……。
一体、どんな意図があって、課長がそんなことをしているのか、とても気になる。
私に何か、課長の興味を湧かすようなものがあったのだろうか?
藤本さんは、『先入観や固定観念を一度捨てて、よく課長を見てみれば、何故課長が私のことを知りたがっているのか分かる』って言ったけれど、そもそも、課長が本当に私のことを普段から知りたがっているのかも不確かなのに、知りたがっている理由を見つけるのは難易度が高いクイズを解くより難しいと思う。
そう、本当に課長が私なんかのことを知りたいと思っていて、わざわざ藤本さんに訊きに行っていると言われても、俄かに信じ難い話だった。
今までで、課長のそういう素ぶりは見たことがない。
でも、藤本さんが面白半分で私をからかうような作り話するとも、考えられない。
課長のデスクをちらりと、窺う。
眉根を寄せて、口を真一文字に結んだ真剣な表情で物凄い速さでタイピングをしながら、時々他の社員に指示を飛ばしていた。
臨機応変で円滑に仕事を進めらせるよう各々に飛ばす指示はいつもどれも的確で、その采配を振るう姿はまるで仕事の鬼。
確か今日も朝、課長の鬼を目の当たりにしたな……。
説教中の課長は、正しいことを言っているんだけど、やっぱり怖かった。
そう思い出して、あの時の課長の威力で気を引き締め、また課長でいっぱいになりそうな頭を整理して、とりあえず課長のことを隅に追いやり、目の前の仕事に意識を集中させた。
完璧なプレゼンの資料を作成するため、もう一度、最新の工具に関する知識と情報を収集し、伝わりやすい的確な文章と、分かりやすいグラフや図解を探しているとすぐに、終業のチャイムが鳴った。
チャイムが鳴り終わり、金曜は残業しない人が多く同僚が次々に帰宅する中、私はまだ、パソコンの画面と工具の資料と、睨めっこをして、残業していた。
仕事はプレゼンの資料作成だけではなく、この一週間の間に溜まっていた他の仕事もあった。
そして来週からは大手の建築会社のプレゼンが始まるので、それに集中するよう、他の仕事は早めに片付けたかった。
パソコンのマウスを動かして、セル枠をクリックし、商品番号と工具の名称と、単価と在庫数と最後に在庫評価額を入力する。
私は、毎月末に行われる棚卸しの時に必要な、在庫票を作成していた。
プレゼンの次にやって来るのは、在庫と販売数を計算して、その一年の売り上げの決算の数字を出す棚卸しだった。
商品の数が多く、毎年総務と営業が合同で業務を行うのだが、とても大変で、細かい数字と膨大な量の工具を交互に見て、毎月分の在庫票と合っているのか、人の目で確認する。
機械よりも、人の目の方が確かだと、パソコンが扱えないらしい社長がそう言っているけれど、実は中小企業の少ない経費の節減のために、自動で売上から在庫まで計算してくれる最新機器を導入しないという噂らしい。
経費は増えずに、社員の負担ばかり増える。
そう考えただけで、重い気分になるのは確かだった。
その仕事が終わったら、忘年会で、仕事納めになるけれど、浮かれられないのが現実だった。
そうして、今日分の在庫票を作成する私は、パソコンを使って三年になるけれど、未だ慣れなくて入力のスピードが遅い。
決してパソコンが悪いのではなく、私の技量の問題なのだけど。
