「あ、待ってくださいよ」


慌ててメイク道具をメイクポーチにしまい、大きな爆弾を落としていった藤本さんの後を追いかける。


っ!かか、課長……と、龍御寺さん……。


少し離れたところで、にこやかな笑顔で対応する藤本さんと一緒にいる男性二人が、唐突に視界に入って、思わず身を硬くした。


「あっ、深雪ちゃんだ〜。同じ日に二度会えるなんて、なんか不思議だね〜」


龍御寺さんは、にこにこと人懐っこい笑顔でのんびりとした口調で言いながら、私に近づいてくる。


そして一緒に、課長も近づいてきた。


『あなたのことをよく訊いてくるのよ』


『あなたは異性として見ていないって言ったけど、鬼頭さんは違うみたいよ?』


今し方聞いたばかりの藤本さんの言葉が、次から次へと脳内に反芻して、反射的に課長を意識してしまう。


「今、ご飯食べてきたんだって〜?実は僕らも、外で済ましたところなんだよ〜。ここの社員食堂って美味しいって有名だよね〜。いいな〜、僕ここの社員じゃないから食べれないんだよね〜」


藤本さんが教えてくれた通りのことを言った龍御寺さんに、朝からそうだったけれど、距離感の無い男性にどう対応していいか分からず、苦笑いを浮かべた。


「……だから大変ね。結構難しそうだけど?」


「それでも、俺は本気ですから。だからご安心下さい」


……ん?今の会話、一体何?


少し離れたところから不意に耳に入った、藤本さんと課長の話し声に耳をそばたてる。


課長は、低い声で言って、何故か唇に弧を描いて微笑を一瞬だけ浮かべてからすぐに、無表情に近い冷徹顔に戻った。


本当に一瞬だけだったけど、今の謎な微笑はなんだったの?


その時突然、昼休み終了を告げるチャイムの音が鳴った。


「……あーあ、休み終わっちゃったね。せっかく深雪ちゃんと美麗ちゃんに、食事の誘いを申し込もうと思ったのに〜」


龍御寺さんが不服そうな声で、言った。


『美麗ちゃん』……、藤本さんとは何度か会っているみたいだから、藤本さんの下の名前を龍御寺さんが知っていても当然か。


だけど、すぐどんな女性にも『ちゃん付け』で呼ぶのは、やっぱり馴れ馴れしい感じがする。


「お前はもう、帰れよっ。用はすでに終わっているだろう。それから、もっと離れろ」


課長は、私から龍御寺さんを引き離してから、『佐藤、戻るぞ』と言って、くるりと背を向けた。


「では、私も失礼致します。佐藤さん、また」


藤本さんが綺麗なお辞儀をしてから、その場から去って行く。


「おい、佐藤。早く行くぞ」



「あっ。はい」


私は、何故か課長を意識しながら、課長の後を追って、『寂しいなぁ』と言う龍御寺さん一人を残し、課長とエレベーターに乗り営業のフロアに戻った。