結構寒いのに、でもあまり寒さを感じなかったな…。
「あ、はい、そうします…。では、」
「ああ、明日、会社でな」
課長は、片手を上げた。
私は、会釈して今度こそ、ゆっくりとドアを閉めた。
その場から少し離れて、課長を見送ろうと、車が動き出すのを待つけれど、一向に発進する気配は無かった。
どうしたんだろう?
小首を傾げていると、助手席側の窓が開いた。
「佐藤、見送りはいいから、早く中に入れ。それ以上いたら風邪引くぞ。ほら、早く」
課長は、急かすように、『しっしっ』と手を動かした。
「えっ、でも、」
「お前が中に入るのを確認するまで、ずっとここにいるぞ。それでもいいのか?」
…その言い方は、卑怯だと思います、課長。
「それは、困ります。…では、失礼します」
私はそう言ってから、くるりと身体の向きを変えて、アパートに向かった。
時々振り返ると、課長は本当に言った通りに、私が家の中に入るまで見届けている。
階段を上がり、二階の自分の部屋の前で足を止めた。
課長は、まだその場にいた。
私は観念の溜息をついて、バッグから鍵を取り出し、ドアを開けた。
部屋の中に入って、ドアを閉める。
十五秒数えてから、様子を伺うようにゆっくりとドアを開けて、一度廊下に出た。
課長の車が停まっていた方向を見てみると、あの高級車っぽい立派な黒い車は、姿を消していた。
…課長、今日は色々とありがとうございました。
心の中でお礼を言って、私は暗闇の中、遠くで光る赤いテールランプを見つめ、完全に見えなくなってから、家の中に戻った。
