「そうか…。じゃあ、送ってく」
課長は少し覇気の無い低い声で言って、立ち上がると、部屋に向かい、中に入った。
そして、数分もしない内に、コートを着て出てきた。
私は立ち上がり、ソファーの上に丸めたキャメルのダッフルを拾い、着てからバッグを持った。
課長の後ろについていくように、広いリビングを横切り、長い廊下を歩き、玄関に向かう。
課長がドアを開けると、冷たい風が少し熱い頬を撫でる。
一歩脇に避けてドアを押さえ、私が出るのを待つ課長に会釈して、『お邪魔しました』と言った。
それからは、私と課長の間には沈黙が流れていた。
エレベーターに乗っている時も、豪華なエントランスを抜けて、地下駐車場に行く時も、車に乗っている時も。
課長の家から最寄りの駅までと言ったのに、課長は『せっかくだから、家まで送る』と言い、私は課長の気持ちを無碍にするのは悪いと思い、自分の家の住所を教えた。
何がせっかくなんだろうと思いながら、流れる景色をぼうぜんと眺める。
しばらくして、家路に続く見慣れた景色が見えると、目的地周辺に到着したアナウンスがカーナビから流れた。
車は住宅街のとある一角を曲がり、二階建てのアパートの前に止まった。
進学を機に実家を離れ、敷金礼金と更新料はゼロで、しかも土地が安いのか毎月の家賃も高くなく、近くにスーパーやコンビニが数軒あり、最寄駅も近い、住みやすいアパートだった。
黄色の外壁という少し変わった感じの建物で、その二階の一番日当たりの良い部屋に住んでいる。
「わざわざ、送ってくださりありがとうございます。おじやも、ご馳走さまでした」
私は、何度か頭を下げながら、礼を言ってから、そそくさとシートベルトを外した。
バッグを持ち直して、ドアを開けようとすると、不意に大きな手に、ぐっと右肩を掴まれ、動きを止めた。
っ、か、課長……?
私を引き留めるみたいに、少し痛くない程度の力を込めて私の肩を掴んでいる課長は、真剣な表情で真っ直ぐと私を見つめている。
私は少しびっくりして、視線を泳がせながら布越しから肩に伝わる課長の体温に身体を強張らせた。
ドキドキと、何故か鼓動が高鳴っていき、胸がきゅっと痛くなる。
