課長にそう頼まれた私は、なんとか泣き止んでから、仕事の後片付けを終えて更衣室に行った。



一瞬、びっくりしたけど、課長の付き合ってという言葉の意味は、食事にということだった。



課長に初めて食事に誘われたのだが、あんな泣いている所を見られてからだと、結構気まずい。



課長に迷惑かけてしまうし…。




それから、課長に心配されてしまうし…。




いつも冷徹な鬼の課長が心配してくれたという、課長の新たな一面に気付くと、ぽっかりと大きな穴が開いていた心に不思議と少しだけ温かいものが溜まった。



『ここ最近、佐藤の様子が変だったのはその涙に理由があるのか?』



そう言われて、ドキッとした。



私の様子が違うことと涙のワケが一緒だということに気付かれたようで、驚いた。






課長が心配してくれていたとは分からないけれど、あのいつもとは違う雰囲気と表情の課長を見てそう思いたかった。



制服から私服に着替えて、メイクを直してから更衣室を出ると、コートを羽織った課長が壁に凭れて待っていた。




「大丈夫か、佐藤」



エレベーターに向かって薄暗い廊下を課長と並んで歩いていると、課長が不意に訊く。



「…もう、大丈夫…です。さっきは迷惑かけてすみません」


頭を軽く下げて、課長に謝る。



エレベーターの前で足を止めると、課長が長い人差し指でボタンを押した。



「何かあるなら、聞くぞ。俺でよければ」



「え…」


優しい声でそう言われて、顔を上げる。



「話したくないなら、いいんだ。ただ、佐藤の上司としていつもの様子とどこか違っていたから気になっただけで、余計な世話なら、すまない」



課長がそう言ったのと同時に、エレベーターが来て扉が開いた。



「佐藤、置いてくぞ」



先に乗った課長が、その場に突っ立っている私に促した。



私がエレベーターに乗って課長から少し離れて隣に立つと、扉が閉まって密室に課長と二人きりになる。



エレベーターの中は沈黙が流れていて、機械音がかすかに響いているだけだった。



上司だから部下の様子が違うだけで、気になるの?



課長は部下思いの優しい上司だと、この時初めて知って、実感した。



「そうだ、佐藤。少しぬるいが、これで目元温めておけ。泣き腫らした目は温めるのがいいらしい」



課長はコートのポケットから取り出したミルクティーの缶を差し出した。



「たしか、佐藤はコーヒーよりこっちの方が好きだっただろ」


どうしてそんなことを知っているんだろう?


よく見てみると、私がいつも会社で飲んでいる一番好きなメーカーのミルクティー。



「あ、ありがとうございます。頂きます」



不思議に思いながら受け取ろうと手を伸ばすと、突然、課長の空いている方の大きな手に
がしっと手首を掴まれた。



驚きで顔を上げると、課長が至近距離で顔を覗き込んでくる。



「な、なんですか…?」


目をパチクリする私の顔を数秒間見つめてから、課長は顔を逸らして私の手首をゆっくり離した。



「ずっと俯いてたから、どんな顔してんのか見ただけだ。ほら、温めろ。多少は腫れても
ひどくは腫れないだろ」



課長に温かいミルクティーの缶を目元に当てられて、驚きながら課長の手から缶を受け取った。



一階に着いたアナウンスが流れて、エレベーターが開いた。



先に降りる課長についていくように、私も降りる。





無人で閑散としている薄暗いロビーを横切りながら泣き腫らした目元にミルクティーの缶を当てると、ほんのり温かい缶はまるで課長の優しい温かさと同じようで、気持ち良かった。