あ、と思った時にはもう、遅かった。


堰を切ったように涙が、とどめもなく溢れ出している。


目の前にいる課長の姿がぼやけて見えて、課長がどんな表情をしているのか分からない。



「っ、あ、すみません。そのっ、これは、違くて…」



慌てて私は、課長から顔を背けて、俯きながらそう言った。



課長に、見られた。泣いているところを見られたし、見られている。



全身に一気に羞恥を感じて、手で涙を拭いながら泣き止もうと涙を堪えるけれど、私の涙腺は崩壊していて、涙腺の防波堤は決壊していた。



家で、人生で初めてこんなに泣いたことなんてないくらい、毎晩枕を濡らして涙を流したのに。



声が、涙が、枯れるほど泣いたのに。



会社で、残業中に課長の目の前なのに、涙はブレーキがかからなくなったみたいに溢れ続けている。



止まらない、どうしよう。止めなきゃいけないのに。



会社で残業中に泣くなんて、どうかしているって、課長にあきられてしまう。



喉の奥がすごく熱くて、目もじんじんとしていて、鼻水が詰まって息苦しい。



出そうになる嗚咽を抑え込む。




隣のデスクに人が座ったような気配がして、そちらに顔を向けると、課長の冷たい視線と視線が絡んだ。



「…佐藤、どうした。大丈夫か…?」



課長のいつもとは全く違う声が不意に聞こえた。



優しくて落ち着いている声色の課長の方に泣き腫らした顔を向けた。



「っ、か、課長…、うっ、ひっ…、す、すみません…。す、すぐ、仕事に戻ります」



デスクの上に手を伸ばして、ボックスティッシュを数枚抜き取り涙を拭う。



「佐藤、もう仕事は終わりだ。さっき帰っていいと言った。時間も時間だし、その様子じゃ仕事どころじゃないだろ。…もしかして、ここ最近、佐藤の様子が変だったのはその涙に理由があるのか?」



課長は低くて優しい声で、突然泣き出している迷惑な部下を心配しているような口調で、そう訊いた。



課長の鋭い質問に何も言えず、口噤んで視線を逸らした。



課長に、あんなこと言えるわけないし、そもそも私が泣いている理由を課長が気にする必要なんてない…。



課長にあんな話を言ったって、迷惑になるだけ。


薄々何かに勘付いている課長に押し黙っていると、不意に突然、課長の大きな手が私の頬に添えられた。



っ!か、課長が頬に触れている…!


顔がカァーッと音を立てて、耳の端々まで熱くなっていくのが分かった。



おずおずと顔を上げると、切れ長の瞳と、かすかに眉根を寄せて少し切なそうな表情をしている課長と目が合った。



課長のこんな表情、一度も見たことない。




「佐藤、この後、いいか?」



初めて見た課長の表情と綺麗な邂逅に吸い込まれるかのように見入っている私の頬を親指の腹でゆっくりなぞっていた課長が呟く。



「へ…、いいか…って?」



課長に小首を傾げながら、涙声で言った。



「付き合ってほしいんだよ、俺と」