今の私は一週間前のあなた


一階、二階は
とにかく歩くだけだから
周りを見ないように
ただ先を見て
愛妃ちゃんを励ましつつ、どうにかやって来た



「…トイレ…か」

三階のトイレを前に私たちは足を止めた
はぁ、と大きくため息をつく

ここで男子トイレか女子トイレ、どちらかのトイレに入って一枚の紙を取ってこなければならない

そうじゃないと先に進めないのだ


「どうする?」
ひきつる顔で進が私を見た


「…え。やだよ、私は。進行って来てよ…」

震える愛妃ちゃんは自然と無理だと判断したらしい進は私にだけ視線を送る



「えぇ…俺も嫌だよ。こえーじゃん」

「男が何言ってんのよ…」



呆れ顔で視線を返すと進がニヤリと笑った


「怖くないんだろ?」

「…っそんなわけ」


『そんなわけない。怖いに決まってるじゃん』
そう言おうとしてやめた



私がそう言ったら私の横で震えている愛妃ちゃんが怖がる
励ましてきた意味がなくなる



「………わ、わかったよ」


掠れるような声で言うと進が笑った
「冗談だって」

進が堂々とした足どりでトイレに姿を消してしまう

冗談…?
なら、変な覚悟決めさせるようなことしないでよ…

残された私は愛妃ちゃんを怖がらせないように握り拳に力を込めて笑顔を作った



「大丈夫だよ」

しかし、その努力虚しく
愛妃ちゃんの大きな瞳から涙が流れた


きっと進が姿を消したことが寂しさと恐怖を増したのだろう

それでも男子トイレに入るわけにはいかなかったし
トイレに入りたいわけでもない

ただ、さっきまで進と私で話していて賑やかだったのが進がいなくなったことで
急に静かになって
しんとした場所に恐怖したのだ



「…も…やだ…帰りたいよぉ…」
抱きしめられて震える腕を愛妃ちゃんの背中にまわした

怖い
怖い
怖い

恐怖が増したのは愛妃ちゃんだけじゃなくて
ガクガクと手が震える

その上
愛妃ちゃんが泣けば泣くほど
自信がなくなって
怖くなっていく


「大丈夫…だから…っ」

怖くて力が抜けそうになる足にどうにか力を込めて
目頭が熱くなるのを我慢して
愛妃ちゃんを励ましながら
自分を励ます


…と、そこで進が帰ってきた
「…お前ら何やってんの」

抱きしめ合う私たちにギョッとした進が私たちに視線を送る


事情を説明すると進は大きくため息をついた

「…愛妃。乗って」
進は愛妃ちゃんに背中を向ける
愛妃ちゃんの足はもうきっと動かない
進はそう思ったのかおんぶを試みた

愛妃ちゃんはこくりと頷いてその背に乗る


「ほーら、泣くなって」
進は笑いながらわざとらしく揺さぶった
「…うー…ゆらさないでー…」



進が来たことが少し勇気になる
この感じだと行けるかもしれない

愛妃ちゃんの涙がいつの間にか止まったようだった
ほっと胸をなでおろした途端
進が私の掌にトイレでとってきたであろう紙を乗せた





そして今まで来た道を戻る





「…え…?進?」
なんで戻るの
と問おうとしたら進は眉を下げて笑った
「愛妃がこの状態じゃどうせ無理だから。俺が戻ってくるまでここに居て」


「えっ…待っ」

止める間もなく進は私を置いて暗闇に消えてしまった
月明かりしかなく暗い場所に取り残されてしまう

非常口の誘導灯が不気味な緑色に廊下を照らしていて
トイレの奥からちゃんとしまっていない蛇口から水の滴る音が響く


懐中電灯も持っていかれてしまって
真っ暗の中に1人だけ取り残される







「…うそでしょ……?」