いとしい君に、一途な求婚~次期社長の甘い囁き~



雨が建物や地面を叩きつける音を、無言で聞いていると、仁美さんが手に服を抱えて出てきた。


「これね、元旦那のだけど、私がプレゼントして気に入ってたから没収してたの。普段はトレーナーだけ私が使ってるけど、良ければ使って」


そう言って、仁美さんはいち君に男物の部屋着を渡した。

すると、彼は柔らかい笑みを仁美さんに向ける。


「ありがとうございます」

「ふふ、まるで王子様みたいねー。じゃあ、私はこれで」


仁美さんは玄関横にかけてある淡藤色の傘を手に取って、階段へと足を進めた。


「仁美さん、ありがとうございます! いってらっしゃい」

「はーい。いってきまーす」


一度だけ振り返り、笑顔を残して彼女の後ろ姿は階下へと消えていく。

再度、二人だけになった空間。

気まずさから逃れるように鞄から鍵を取り出すと、彼は「沙優」と私を呼んだ。


「さっき、言おうとしてたことだけど」

「まずは中に入ろう。本当に風邪ひいちゃうよ」

「……わかった」


私は、鍵を差し込む手がわずかに震えていて、悟られないように、手早くドアを開けた。

彼が、あの日のことを謝罪するということは、認めるようなものではないか。

認められたら、弱い私はもう嘘でも笑ってはいられないだろう。

みっともない私を見せたくない。

ただでさえ、話させまいと逃げているのだから、もうこれ以上は。

けれど、玄関の扉が閉まる時に漠然と思った。

どんなに私が話をしたくないと望んでいても、きっといち君は聞いてくれと頼むだろう。

雨の中、待っていたのはその為なのだろうから。

そして私は嫌でも向き合わなければならない。

覚悟をする時間もままならずに。

密かに息を零す。

苦しくて、たまらない。