「なにしてるのっ?」
急いで傘の中に入れて、彼を正面に見上げた。
髪の毛からは雨の雫が滴り、頬や肩を濡らしていく。
いつからここにいたのか。
羽織っている紺色のジャケットはすっかり色を濃くして重そうだ。
「お帰り。連絡とれなかったから待ってたんだ」
「ずぶ濡れじゃない。玄関の前で待ってればいいのに」
玄関の前は雨が当たらない作りになっている。
そこで待てば、確実に雨をしのげたはずだ。
けれど、いち君は眉を下げて微笑む。
「それだと、誰かに見られたらよくないだろ?」
「もう……風邪ひいちゃうからあがって」
このまま返すことができるほど鬼にはなれない、というか、私は別に怒っているわけじゃない。
ただ、彼を見るとあの光景を思い出して苦しくなるし、責めてしまうのが嫌なだけなのだ。
とにかく、お風呂に入ってもらい、服を乾燥機にかけなければ。
そして、話がこの前のことに触れる前に帰ってもらわないと。
今はまだ、向き合う準備はできていないから。
アパートの階段を上がっていると、いち君が覇気のない声で「……良かった」と漏らす。
何が良かったのかと傘を畳みながら彼を見れば、わずかに眉を寄せて言った。
「もう、嫌われたかと」
ポタリ、とまた彼の髪から雫が落ちる。
まるで泣いているかのように、頬を伝って流れた。



