「誰が迷惑ですってぇー?」

乱れた髪に濁った太い声はまるでお化けのようだ。

カバンから取り出されたのは小型ナイフで、彼女はそれを逆手で持った。

最初から誰かを刺すつもりできていたんだろうか。

もしかしたら悠さんを…?

私はスニーカーだし、走って逃げようと思えば逃げられる。

だけど、私が逃げたら他の住人やただの通行人が刺される可能性がある。

逃げるのを躊躇っていた足がピタッと止まった。

そうだ。あれなら…

刃物を振り上げた彼女の手をとっさに掴み、力いっぱい抵抗しながら刃先を下腹部に向け、振り下ろされる瞬間に背中を丸めてお腹をひっこめた。

…瞬間、小さく痛みが走ったけど、私は大袈裟にうめき声をあげてその場にうずくまった。

彼女はナイフを地面に落とし、ブルブル震えて私を見下ろしながら後ずさり、走り去って行った。