結局、退院するのに半月かかった。

その間、結華は毎日、
お見舞いに来てくれていた。

僕が退屈しないように
家から本を持ってきてくれたり
同僚の失敗談を話してくれたり。

『柚夜、お帰りなさい』

退院の日は平日だったのに
休みをとって来てくれた。

『ただいま。

平日なのにごめんね』

『何を言ってるんですか‼

仕事は明日でも明後日でも
少し残業すればいいですが、
退院されるあなたを一人で
家に帰らすなんて
できるわけないじゃないですか……』

くすくす。

結華らしいな。

タクシーで家に帰りつき、
中に入るともう一度
《お帰りなさい》と言った。

『ただいま』

僕が微笑むと結華は
逆に泣きそうな表情(かお)をした。

『柚夜、庇っていただいたのは
本当に嬉しかったのですが
ご自分のことも大切にしてください』

話しながら結華の目から
ぽろぽろと涙が零れ落ちてきた。

『ごめん結華、ごめん』

僕まで泣けてきてしまった……

『うん、自分のことも大切にするよ』

だけど、同じような状況になれば
頭で考えるより先に
身体が動くだろうと思った。

『結華、泣き止んでおくれ』

指の腹で拭っても拭っても
止まることのない涙に
内心焦りを感じはじめていた。

どうしたら、
泣き止んでくれるだろうか?

帰って来てから
まだ、着替えすらしていない。

試しに唇にキスしてみた。

そしたら、案の定
驚いて泣き止んでくれた。

『やっと泣き止んでくれたね。

とりあえず着替えよう?』

僕に言われて気付いたみたいだ。

『あ! そうですね。着替えましょう』

部屋着に着替え、
僕はキッチンに立った。

結華も料理ができないわけじゃないし、
この半月は自炊していたに違いない。

『何が食べたい?』

だけど、今は僕が作ってあげたい。

『柚夜が作ってくださるなら
何でもかまいません』

そう言うと思ってたよ(苦笑)

『せっかく作るんだもの、
何かリクエストはないのかい?』

何でもいいというのは
僕の料理の腕を信じてくれている
証拠なんだろうけどね。

でも作るからには
好きな物を作ってあげたいと
思うのが普通だろう?

『よろしいんですか?』

今更、遠慮するような仲じゃないだろう?

あぁ、僕が退院したばかりだからか……

『勿論だよ。

傷なら塞がってるし、
何より僕が君の好きな物を
作ってあげたいんだよ』

愛する人に料理を振る舞えることが
どれだけ幸福(しあわ)なことか
僕は結華と付き合いだしてから
初めて知った。

僕の育った環境はいいと
言えないものだった。

両親はいい人達だったが
二人亡き後に引き取られた
父方の叔母夫妻の家は最悪だった。

かろうじて、
家の中の物は自由に使えたが
ご飯は自分で作れと言われ
食事は叔母一家とは別々だった。

一人で食べるご飯ほど
寂しいものはない。

時は経ち、
大学を卒業して
就職し、二年後に
結華に恋をして初めて
《誰か》と食事をする喜びを知った。

ましてや、自分が作った物を
食べてもらえるのは
凄く嬉しいと知った。


『そうですねぇ、
柚夜が作る物は
総て美味しいですけど
今日はオムレツが食べたいです』

そんな簡単な物でいいのか(苦笑)

冷蔵庫は見ていないけど
多分、もう少しいい物が
できると思う。

『そんなのでいいのかい?』

聞き返すと頷いたから
今日の夕飯はオムレツに決まった。

二人で食事ができるっていうのは
心が満たされる。

『やっぱり柚夜が
作ってくださった方が
美味しいですね』

オムレツでこんなに
嬉しそうにしてくれるなんてね。

『僕は結華の料理の方がいいな』

自分で作った物で相手が
喜んでくれるというのは
本当に幸せだと思う。

『では明日の朝食は私が作りますね』

そっぽを向いて照れくさそうに言った。

僕が 仕事に復帰できたのは
退院から一週間後だった。