しかしながら、アベルもまたふざけながらも困っていた。
まずは目のやり場。
落ち着いてくると彼女の結んだ髪が乱れその髪から覗くはほっそりとした首、鎖骨。綺麗な背中。思わず息を飲んだ。
辛抱強い男でなければあっという間に餌食にしていただろう。
…そもそもこの娘は、自分の魅力に気づいているのだろうか。いや、考えるまでもなく、分かっていない。
「シロ、こっち来るか?」
「行きません!」
「何照れてるんだか、裸なんて見たことあるだろう」
「ないわ!」
思わず構いたくなってしまうのが彼女の良いところ。からかい甲斐がある、とはまさにこのこと。
このやり取りが激務の毎日の癒しになっているなんて、彼女はきっと知らないのだろう。
ふと、水面から覗く彼女の肩に目がいった。
華奢に見えて意外と綺麗に筋肉が付いていることとか、割りかし出てるところは出ている女らしい体だとか…そこではなく、目に付いたのはそこにある"傷"だった。
彼女もそれに気付いたのか、肩をさらに水面に沈めた。
「……セクハラですよ」
「傷、結構残っているんだな」
「こんなものかすり傷ですよ。…貴方が負った傷に比べれば」
「俺か?俺は先の戦で怪我なんてしていない」
スッと、彼女の肩にゆっくり触れればそれだけでビクつく身体。触られ慣れていない、穢れを知らない身体。アベルは思わず目を細めた。
「…身体の傷ではありません。皆の痛みを背負ったその心を言っているのです」
「まるでナイアンみたいなことを言うのだな」
「……何年貴方といると思っているのです。あの戦がどれ程の傷を貴方にもたらしたか、私と直近の者は皆分かっています」
----さっきと打って変わって真っ直ぐな目でこちらを見つめてくる大きな双眸。
その力強くも優しい目に、何人の男が射止められているのか彼女はまたそれも、知らない。
傷をなぞると凸凹した感触が指先に広がった。それはもう消えることがないであろうことを、確かに感じさせた。
普通の女人であれば、こんな傷を作らず暖かい環境で生きられていただろう。夫があれば、帰りを大人しく待ち、この華奢な身体で夫を優しく抱擁するのだろう。
(それを強いたのも、この俺なのだな)
「…すまない」
か弱いはずであった君を、俺が拾ったが為に此処に縛り付けてしまった。
「----私が貴方に拾われて、後悔しているとでもお思いで?」
「だが、もっと違う道があっただろう」
「あのまま商人に売られて、辱めを受ける一生を探せば良かったと?」
「そんなことは言っていない」
「なら迷うな、アベル」
まだアベルの身の回りの世話をしていた頃、シロはアベルを呼ばすてしていた。もう遠く昔の事なのに、今もなお、彼女に己の名を真っ直ぐに紡がれると言葉を失ってしまう。
