妖と人と

優しい桜の花の香り。

視界は淡い桜色で満たされる場所。



自宅である屋敷の定位置の桜の樹に戻って、どれだけ時間が経ったのか曖昧な頃。



【…巴】



いつもと様子が違う私に気付いた咲貴が、静かに側に来た。



枝の先の方に頭が来る形で、仰向けに寝転がり顔を腕に埋める私。

咲貴はそんな私の腕のすぐそこで腰掛ける。



【巴衛】



優しい柔らかい咲貴の私の名を呼ぶ声。



「…何だ、咲貴」



顔を上げて見れば、慈愛を連想させるまなざしがあった。



辺りに咲く桜と同じ桜色の髪と瞳。



幼い少年の容姿で、明らかに手を加えた桜色の短い着物とその上の狩衣。



咲貴。

元は神社の神木の枝木であり、神の使いでもあったそう。



【随分憔悴してるように見えての】



憔悴…。

「気のせいだ」



【そうか?…だが、気のせいならば尚の事、儚いなりになったな】



「…人よりマシだろう」



儚いとは、淡く消えやすいこと。

今にも消えてしまいそうなもののこと。



ならば、私は儚くなどない。



もう何百年も、存在し続けているのだから。



だが、咲貴は首を横に振った。



【いいや、人は例えそう見えても強い。今は、お前の方がずっと儚い】



人が強い。

…いいや、そうだとしても理解し難い。



そう思った時、

咲貴は慈愛の笑みを浮かべ、私を自身の側へと寄せて顔をお腹に埋めさせた。



「咲…うっ」

【お〜よしよし、ワシが側に居てやろう】




頭を上から押さえられ、

咲貴のお腹辺りに顔を埋めることになった。



咲貴からは、桜の香りがする。



頭を撫でられながら、

そんな事を考えている内に、眠りについた。