「あたしの仕事は、羽賀宮柘季の最期を見届けること。そして、あなたを然るべき所に連れていくことが、あたしの役目なの。これから一ヶ月の間、一緒に過ごすことになるからよろしくね」

「あんたと過ごすことは決定事項なんだ」

「うん。だって、もし柘季ちゃんや誰かの行動で死期が変わったら、地上では大問題になるんだよ。見張りってわけじゃないけど、上からの命令なんだよね。邪魔だと思っても我慢してほしいな~」

「ふーん……私は普段通りに生活してればいいんだよね? あんたがいれば退屈はしなさそうだし、私は読書してることがほとんどだから、やかましくしなければ別にいいよ」



 とりあえず、今日はあんたのことが聞きたいかな。私が興味を示したと分かり、ハルは嬉しそうに見えた。少しだけ開いた窓から吹く風で、黒紫色の長い髪がさらりと揺れる。その風が、ついでにといった具合に、私の黒髪も揺らしていく。同じはずなのに、人間とそうじゃないものだからなのか、彼女の髪は全く別の素材でできているように美しく感じられた。

 本当は眠気が襲ってきているんだけど、昼間にハルと話したら、他の患者に怪しまれてしまう。だから、今聞くのが一番いいのだ。



「うーんと、何から話そうかなぁ。聞きたいことってある?」



 ふわりと舞い降りて、妖麗な女が隣に座った。街灯の薄明りが、私達を静かに包み込んでいる。面識のない人と話すのは久しぶりで、初めて筆を手にした時の感覚に似てわくわくする。

 ハルは『天界人(てんかいじん)』という役職で、それなりに稼ぎもいいらしい。下界の企業に置き換えれば、部長に当たる階級だそうだ。

 私の担当をしているというだけあって、彼女は沢山のことを言い当てた。幼い頃から筆を握っていたこと。初めて出品した『桜の踊り子』が児童絵画コンクールで最優秀賞を受賞したこと。小学三年生の時に誘拐されかけたこと……とにかく色々知っていて、自分のことより私に関しての話が、圧倒的に多かった。



「中学の時、先生に半ば無理矢理推薦されたこともあったよね。『The end of the world』って作品を、全国中学・高校生絵画コンクールに出して……テーマは『あなたの心に残る風景』だったっけ。それに対してあのタイトルだから、その時点でかなりの注目を集めてたみたいだよ。あたしも作品を見たんだけど、とにかく凄いとしか言えなかったなぁ」



 初めて知った事実に、心が少しだけ波打った。タイトルには自信があった。あの作品にぴったりだと思って付けたんだから。

 いつか見た、恐ろしいくらい綺麗な夕暮れの街。(あか)(くろ)とが織り成すコントラスト。あの瞬間は、私にとって『世界の終わり』のようだった。中高生で賑わっていたほのぼのとしたコンクールの中に突如現れた異質な存在として、作品は大きく報道された。五歳の頃の美鈴先生との件もあって、私の名前は、美術界でよく知られていたみたいだ。

 鮮やかすぎる独特のタッチ。一度見たら虜になる絵。かの美鈴秀をも魅力した、天才若手画家。これらは全て、マスコミ各社が作品を報道する際に付けた見出しであり、謳い文句。大袈裟な表現には眩暈を覚えたし、同級生には近寄りがたいと思われたから、取材記者に『もっと親しみやすい内容にしてくれ』と伝えておけば良かった。それくらいの我儘なら許されただろうか。

 例の大会で注目を集めた私は、幸運にも、美術学校・桜田アートスクールへの入学を約束された。要するに、学長に気に入られたってこと。両親は美術のことを何も知らないから、コネではない。美術界の赤絨毯を歩くことは、当時の私にとっては最大の目標だった。



「あの時、ひがむ人がいて大変だったんだよね。内容までは詳しく知らないけど、実技もちゃんと受けたのにね」

「……うん、大変だった。上履きに画鋲は入ってるわ、『努力もなしに』って陰口叩かれるわで、割と毎日うんざりだった」

「その子たち、高校で授業についていけなくなってるよ。努力してなかったのは、実は自分の方だったってわけ。柘季ちゃんのことが眩しかったんだね」