考えも変わるかもしれんと、為次郎の勧めで、歳三とお琴は多摩川のほとりを歩いていた。
どこからどうみても美男美女の二人に、足を立ちどめて見つめる者さえいる。

「お琴さん、この度の一件は申し訳ない」

「いえ、いいんです」

何故か清々しい気分であった。
二人は座り多摩川を眺めていた。
太陽に照らされ、光を反射している様子は何故かいつもよりも綺麗に見えた。

 隣に座るお琴の香りが鼻腔をくすぐる。
なんていい匂いがするのだろうか、歳三は無性に抱きたくなった。


「帰る」


歳三は立ち上がった。
傷つけたくない。
お琴は突然、帰ると言いだした歳三にひやりとした。
何か無礼があったのではないか不安になったのである。

「案ずるな。ただ単に用事を思い出しただけだ」

分かりすぎた嘘である。

「トシ様ー!!」

 血相を変えながら走ってくる使用人を見て、ほらな。とお琴に言った。

「喜六様がッ!」

使用人の慌てぶりに喜六の身に何かあったのだと察し、走って実家へと戻っていった。
お琴もそれに付いて行く。

 臥せっている喜六を見て、歳三は唇を噛み締めた。

「そんな慌てぶりじゃ、武人にはなれんぞ」

喜六は震え声でそう言い、激しく咳き込んだ。
震える手を差し出し、歳三はそれを握る。

「さっきの見合いで武士になると宣言したお前の顔、最高に輝いていたぜ…。
お前は、商人になっちゃいかん。
武士になれ…歳三…」

歳三は強く頷いた。


 それから三日後の九月五日。
夜八ツ時(深夜2時)、喜六は静かに息を引き取った。


(俺は絶対に…必ず武士になる。
この信念、もう誰にも邪魔させねえ)


 矢竹を植えた十七歳の時よりも強く心に刻み込んだ。

 歳三この時二十六歳。
もう夜明けは近い。