「土方くん、何も悔やむことはない。
刀の前では人は対等です」
歳三は呑めない酒を飲み干したが、まだまだ足りないと身体の奥から酒を求めていた。
「俺は人を斬った。人を殺したんだ」
歳三は恐怖で身体がガタガタと震えていた。
自分で自分が恐ろしい。
鎺元(はばきもと)から切っ先にかけて肉に食い入る刀の感触が離れなかった。
「あんたが斬らねば、俺は死んでいた」
胸が抉られるほどの自責に駆られ、死なせてしまった男のことが、悪夢のように胸苦しく責めてくる。
「山口くんの言う通りだ。
土方くんは友を守るために刀を振るったのです」
言われなくても分かっている。
山口を助けるには、斬るしかなかった。
人を殺した嫌悪感と、己の胸の奥にある一つの快感に気が付いてしまったのだ。
「かの諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)は、泣いて馬謖(ばしょく)を斬ったんです。
もうこの話はやめましょう」
あとは気を紛らわすように他愛のない会話をしていたが、まるで通夜のように重々しい夜であった。
酒も無くなり、三人は眠りにつくことにした。
血みどろの男がこちらを見ている。
恨めしそうに歳三を睨みつけているのだ。
刀を抜くと白刃はぎらりと光り、歳三に一歩二歩と近付いてくる。
刀を上げ、歳三に振り落とした。
歳三の目が覚めた。
厭な夢を見て、寝汗がぐっしょりと布団を湿らせているが、これが自分のした事である。
まだ夜明けはきておらず、その日は眠れなかった。
また奴が襲って来るやもしれないと思うと、寝るのが怖かった。
翌朝、山南と山口は帰路についた。
歳三は平穏な日々を取り戻し、昨日の一件は忘れてしまおうと思った。
