「喜六兄ィ、俺ァ嫌だよ。
俺は武士になるんだぜ?」


 歳三はふんどし姿で家の柱に向かって四股を踏んでいた。
何度も何度もその大黒柱に向かって突っ張りを繰り返し、喜六の話はまさに、馬の耳に念仏の状態である。


「俺達、百姓はなァ、武士になんかなれっこないんだよ!
元気なのは良い事だが、お前の相撲ごっこもいい加減辞めねえか」


 喜六はため息を吐いた。
歳三は風呂上がりになると母屋の大黒柱で相撲の稽古をつけるのだ。


「いつか戦国武将のようになって、俺ァ悪い奴等をやっつけるんだ!」


歳三は汗をかきながら喜六を睨みつけた。


「芯の通った真っ直ぐな目をしているな。トシ」

長男の為次郎は笑いながら茶を啜った。

「為兄ィ、見えてるの?」

為次郎は盲目である。

「トシ、俺ァ眼が見えない。
だからこそ見えるものがあるのだ」


幼い歳三の頭の中には疑問が残ったが、褒められるというのは嬉しいもので、喜びが後から後から心の底から溢れ、心と体を満たした後、外に溢れ出た。