相撲興行の片付けを終え、ようやく一息をつけるいとまが出来たと思っていた試衛館一同だが、その安堵はすぐにまた緊張に凝り固まれた。

「大変ですよ!」

島田が慌てたようすで前川邸に飛び込んできた。

「芹沢さんが…!」

報せを受けて歳三達は立ち上がり、大和屋へと向かった。

 その夜、三十五人もの平隊士を連れて再び大和屋へと芹沢が向かったという。

報復行動に出ようというのだった。
子の刻ごろ、芹沢らによる焼き討ちが始まった。

隊士たちはみな抜刀して大和屋の土蔵を取り囲み、そして、藁束や板切れに火をつけて土蔵を燃やし始めたのだ。


 出火を知って火消しが駆けつけ、消火にあたろうとするが、平山達が刀を振りまわして脅すので近寄ることができない。
その様を、芹沢は屋根の上に上り、愉快そうに笑って見ている。

歳三達が駆けつけた時には、既に大和屋の土蔵は煌々と燃え、建物の焼け落ちる轟きと、物のはぜ飛ぶつんざくような響きが、怒涛のように揉み返している。


「あの大砲は会津からの借り物だぜ」


左之助は腹ただしくそう言うと、永倉も舌打ちをしながら芹沢を睨みつけた。

「あれを用いる場合は、京都守護職へお許しを得ねばならんはずだ」

砲術師範方、谷右京は顔を蒼ざめさせて言った。

「私は……私はこんな事の為に砲術を教えたつもりではない!」

そう言うやいなや「もう我慢の限界じゃ!ワシは抜けさせてもらう!!」と顔を赤らめ、悔しそうに唇を噛み締めて駆けて行った。

「谷さん!」

勇の声は谷に届かず、谷の小さくなっていく背中を見つめ続けた。

また一人、京都残留以来の同志がいなくなってしまった。

 芹沢は屋根の上でもくもくと上がっていく煙を見つめながら遠い目をしている。

(新見よ、見えるか?この炎が。
見えるならこの炎を目印にして帰ってくるがよい)

歳三はその姿を見て芹沢の内なる姿を見た。

(芹沢の武士道は……狂気か。
新見はそれを塞ぐ蓋だったというのか)

 結局、焼き討ちは十三日の夕刻まで続けられ、大和屋の建物はほぼ全焼した。
芹沢は満足してような顔立ちをして引き上げたが、虚無感が込み上げていた。


この暴挙が結果的に芹沢達を破滅への道に追い込むことになったのである。